命について

今朝、僕が30代の頃に、すごく深いかかわりがあった人が亡くなったという連絡を受けた。
その人(以下Aさんと呼ぶ)は、重度の強度行動障がいと言われる自閉症の男性だ。
明日、葬儀があるとのことで参列しようと考えているが、でもちょっとだけ悩んでもいる。

Aさんが亡くなったことを知らせてくれたのは、当時の僕の仕事関係の人間(以下、B)だ。
B曰く「Aさんのご両親と会ったとき、くそったれさんとの思い出が忘れられない」と仰っていたと。
でも、特にAさんのお母さんの気持ちは十二分に分かるので、その言葉を素直に受け止められない。
僕の責任によるある事故で、Aさんは20代で死ぬか、植物人間になる可能性が高かったからだ。

Aさんは、自宅で暮らす20代の青年だったが、重度の行動障がいがあった。
普通に考えれば、家族(両親や兄弟も含め)の介護負担も半端なかった。
だから僕は、Aさんの家族に、Aさんを新設の障がい者の入所施設に入れることを勧めた。
今もそうだけど、知的障がい者が入所施設に入れる確率は、大げさに言うと宝くじくらいだ。
そして、Aさんはその入所施設に入れる可能性があった・・・だから僕は勧めた。
でも、Aさんのお母さんは、それを強く拒否した。
お母さんは、Aさんがその施設に入って、幸せになれるか多くの疑問があったからだ。
本当に、普通の人が想像しえないような行動があり、家族しか理解できないと。
そう、Aさんは自傷行為で両目をほぼ失明していた。
体中に洗濯ピンを付け、首にパイプ椅子2脚ぶら下げ、体に刺激がないと自分を傷つけた。
それをやめさせると、さらに自分を叩き、大声を出した。
だから、自宅ではなく、施設に入る宝くじみたいなチャンスを受け入れるべきだと説得した。
そしてお母さんは、僕の助言を信じてAさんの施設入所を決めた。

だけどAさんが入所して3年程経った後、その事故は起きた。
他の入居者から他害で、Aさんは生死の境を彷徨うことになったんだ。
その時、Aさんのお母さんから、「だから施設に入れたくなかった」と責められた。
でも、Aさんは九死に一生を得て、普通の生活をできるようになるまで回復した。
それを見届けた後、僕はAさんとその家族の傍から離れた・・・
当時、Aさんの家族やお母さんは、僕を責めたことを詫びてくれた。
でもね、後遺症も残ったし、若かった僕にはその重さから逃げるしかなかった。

そして20年・・・そのAさんが亡くなったとの連絡を受けた。

僕は明日葬儀に参列するつもりだ・・・でも、参列しないかもしれない。
葬儀に参列して終わりなら、簡単すぎるからだ。
明日の葬儀の参列は止めて、改めてご自宅を訪問してご家族と向き合うかも。
でも、それではAさん本人に申し訳ない・・・お別れに立ち会わないなんて。

まあ、明日の早朝には決断するしかない。

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